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最終日のことを想像してみました。

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空っぽの部屋を振り返り思い出す。
ここに来たその日のこと、コーチがオックスフォードの街に入り、スーツケースを転がしながらカレッジに向かい、寮の管理人さんからカギを受け取り、新しい1年が始まったその日のことを。
1年が経ちまたこの日が来た。カギを返し、いつも見慣れた通学路を歩き出す。もうこの通学路を戻ってあの家に帰ることはない。
明日来たとしても自分はカギも持っていない、入る許可もない、そう、過去の学生になっている。
部屋は次の学生を待っている。1年前の自分のように。

普段なら30分で駅に着くが、今日は1つずつの景色に別れと御礼をいいながら、立ち止まっては歩きながら向かうので、その倍の時間がかかる。

この公園でのんびりした昼過ぎ、大雪の中で作った雪だるま、安くて美味しい中華屋のおばちゃん、日本への郵送でいつもお世話になった郵便局、はじめてのグループワークのメンバーとはじめて飲んだパブ、学校帰りにいつも立ち寄ったスーパー、荘厳な図書館やカレッジの街並み、そしてビジネススクール。
こんなに喧騒的だった教室には、スーツケースを持った“去年の学生”がポツンと一人。
P2171177.jpg

授業の後、一人ひとりが教室から出て行くように、みんなここから歩き出して行った。そしてもうあの頃のようにみなが集い学び笑いあうこともない。
自分のロッカーの名前も、知らない新しい学生の名前に変わっているし、自分のpidge(郵便受け)には新学年の歓迎パーティーやオリエンテーションのスケジュールが入っている。本当についこないだのことだったのに、もうここに自分はいない。そして居てはいけない。

学校の目の前にある中華屋、ここで昼ごはんのとき、お湯を足しついでくれる温かい中国茶を友達と飲みながら、ただただ無造作に話しを続けること自体が楽しかった。ときどきランチビールで陽気にそのまま授業に行くのも、それはそれで楽しかった。

駅に着く。
ヒースローまでの切符を握り締めながらホームのベンチに座り思い出す。

思い返せばそれはそれは贅沢で多くの感情で満ち溢れていて何もかもが20代後半で新鮮で、世界の広さを肌で感じて、友達と飲んで笑って、そして共に課題を乗り越えてきた、そんな時間だった。
秋空から冬景色、緑きらめく春模様、そして突き抜ける夏の街。霧がかった早朝、おだやかな午前10時のティータイム、活気付く午後とゆったりとした夕暮れ、そして静かに荘厳に夜が更けていった。オックスフォードの街が優しく僕たちを見守ってくれてきた。
世界の色々なところから、様々な経緯の上で色々な曲線を描き、その線たちが偶然この年にオックスフォードのMBAとして集まった。

贅沢で貴重すぎた日々。すべてに感謝をしよう。

電車が来た。次にこの改札を通るのはいつになるだろうか。

人生は冒険だ。歩き続けよう。
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これはまだ想像、(自分に言い聞かせるように)すべてに感謝をしながら、日々を惜しむだけでなくそれを活かすよう、残りの日々を過ごします。

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2009.06.10 Wed l 未分類 l top
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