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自分の中で意識して気をつけてることで、無意識に出来るようになりたいと思っていることの一つに、見返りを求めないことがあります。

カルマ(Karma)という言葉があります。要するに、良いことをしていれば良いことが自然と帰ってくるということですが(話はそれますがアメリカのTV番組でMy name is Earlというカルマを題材にしたコメディーが大好きです)、何かを誰かに差し伸べるとき、そのリターンを要求する心を持っていなければとても気持ちがよく終わることが出来るのではないかと思うのです。そしてそのような行為がいつのまにか自然な行為として循環し始める。だから無償で提供をすることに有償の見返りを求めてはいけない。

例えば、イギリスで扉をあけてお店に入るとき、前の人がドアを自分のためにあけてくれます。自分も後ろの人のためにドアを支えておいて、その人もまた、、、というようにもう既にこれはイギリスでは当然の優しさであり、見返りを求めない行為に昇華されている気がします。同様に電車では女性、子供、老人に席を譲るのが当然のように行われています。見返りは求めませんが、自然と戻ってくるサイクルが働いている気がします。(例えば、自分が席を譲ったら、違うところで自分の家族が席を譲られているとか。)

この見返りを求めないということと関連があるかは定かではないのですが、子供たちの無垢さというものは、万人を平等に扱うということの根本を表現している気がします。レストランでご飯を食べているとテーブルの端を触ってケラケラはしゃぐ子供、バスの横の席に座ってニコリとしてくる子供、道で目が合うと“Hi!”と言って来る子供、、、この無垢さが提供する自然な満足感の中に、見返りという考えは皆無です。

大人は、ただ子供が育っただけの存在なのだから、取り繕うことに専念せず、取り外すことで垣根を低くしてもいいんだと思います。いつもニコリとして過ごそうと思います。(気持ち悪がられない程度に)

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2009.07.22 Wed l 未分類 l top
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