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“日本の人はよくそんなに覚えられるね。感心するよ。”

イギリス国籍のクラスメイトに日本で使われる3つの書体(平仮名、かたかな、カンジ)を説明したときのこと。

たしかにそうである。多くの地域では単一の表現字体である一方、日本地域では3つを使いこなす。

たしかに、“ひらがな、カタカナ、漢字”という表現の仕方によって受ける印象は別々であり、また書き手の意図も様々である。

文章を書くことの最初の経験は、小学校での作文に違いない。子供たちの世界観は最高でその類稀な感性を思う存分文章に託す。しかしながら、中学、高校へと進み、クリエイティブな文章が求められなくなる。もちろんケータイメールの日常事務文章や定型的なテスト解答はそつなくこなす。大学のレポートや会社の資料、ここでもそつのない文章を書くことになる。

自分はどうであろうか。

きっと上記と同じように違いない。

けれど何度か文章を書くことの面白さに気付いたことがある。
それは学生演劇を急遽しなければならなくなり、想像のストーリーに任せて台本のセリフを書きまくった大学2年生のとき。朝だった景色が、ふと気付くと夕日に染まっていた。
また1年後、自分を題材にした映像作品を作るプロジェクトに携わっていたとき。機器の前で映像編集をしていたら、いつのまにか次の朝になっていた。
そして佐藤雅彦さんという素敵な方の授業に幸運にも2年間漬かることが出来たとき。考えて表現することや世界観の大切さを教えて頂いた。

今、夜中の1時。

この時間に書くレポートは、少し表現が豊かになる。あまり気にせずに文章にしてしまうからだろうか。自分でも驚くような表現を使っていて、本当に自分が書いた文章なのか、今、読み返していてふと気付く。
きっと自分で勝手な枠組みを作っている日中と比べ、そこまで配慮が体力的にも精神的にも行き届かない今の時間が、素直な文章を書かせているのだと思います。
(もうこの文章までまるで意味不明です。てゆうか、こんな文章書いてる暇があればレポートをやれという感じですが、ブログって勉強の合間の1杯のコーヒーのような作用で息抜きが出来るんです。)

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2009.03.03 Tue l 未分類 l top
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